曾我別所村(読み)そがべつしよむら

日本歴史地名大系 「曾我別所村」の解説

曾我別所村
そがべつしよむら

[現在地名]小田原市曾我別所

中央を剣(つるぎ)沢が流れ、東は山彦(やまびこ)山。南は田島(たじま)村、西は高田(たかだ)村に接し、曾我原(そがはら)村・上曾我(かみそが)村・曾我岸(そがきし)村・曾我谷津(そがやつ)村と村境が錯雑する。曾我道が南北に通る。中世は曾我庄の一部。正保国絵図に「曾我別所」とみえるが、「風土記稿」は当村を曾我五ヵ村の入会地の総称とする。

近世は小田原藩領。万治二年(一六五九)の検地の村高四二一石余(皇国地誌)。嘉永五年(一八五二)七月、当村など曾我四ヵ村が旱魃時に曾我岸村字尾崎(おざき)の土手から埋樋で和田(わだ)堰の水を引いたため、同堰水掛り村々と争論が起こり、同堰下筋まで水が行渡った後引水することで解決した(「規定取替証文」県史五)。明治九年(一八七六)の家数五九、人数六一三、馬一二、荷車九。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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