曾我岸村(読み)そがきしむら

日本歴史地名大系 「曾我岸村」の解説

曾我岸村
そがきしむら

[現在地名]小田原市曾我岸

北は足柄上(あしがらかみ)郡上曾我(かみそが)村、東は曾我谷津(そがやつ)村、南は永塚(ながつか)村に接し、曾我原(そがはら)村・曾我別所(そがべつしよ)村・曾我谷津村・上曾我村と村境が錯雑する。村の南を曾我道が通る。中世は曾我庄の一部。

近世は小田原藩領。寛永一七年(一六四〇)の検地帳(柏木文書)に「曾我岸村」とあり、村高一六六石、正租のほか漆二〇〇匁を納める。嘉永五年(一八五二)七月、旱魃時に当村・曾我谷津・曾我原・曾我別所の四ヵ村が字尾崎(おざき)の土手から埋樋で和田(わだ)堰の水を引いたため、同堰の水掛り村と争論が起こり、同堰の下筋まで水が行渡った後に引水することで解決した(「規定取替証文」県史五)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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