日本歴史地名大系 「曾我庄・曾我郷」の解説 曾我庄・曾我郷そがのしよう・そがごう 神奈川県:小田原市曾我庄・曾我郷現小田原市曾我大沢(そがおおさわ)・上曾我(かみそが)・曾我谷津(そがやつ)・曾我岸(そがきし)・曾我原(そがはら)・曾我別所(そがべつしよ)一帯にあたる。「吾妻鏡」建久元年(一一九〇)九月七日条には、伊東祐親の孫の曾我十郎祐成が日常は継父の曾我祐信に従って「曾我庄」に住んでいたと記される。同四年五月二八日の曾我祐成と弟時致が実父河津祐泰の敵工藤祐経を殺害した、いわゆる曾我兄弟の敵討の直後、将軍源頼朝は曾我祐信に対してとくに曾我庄の年貢を免除する措置をとったという(同書同年六月七日条、および「曾我物語」妙本寺本)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報