日本歴史地名大系 「有福庄」の解説 有福庄ありふくのしよう 広島県:甲奴郡上下町有福村有福庄上下町有福・小堀(こおり)を中心に、甲奴町有田(ありだ)・福田(ふくだ)などの一帯を荘域とする賀茂別雷(かもわけいかずち)神社(現京都市北区)領の荘園。寿永三年(一一八四)四月二四日付の源頼朝下文案(賀茂別雷神社文書)に「可早任院庁御下文、停止方々狼藉、備進神事用途賀茂別雷社御領庄園事」として「備後国 有□(福)庄」の名がみえるのが文献的には古い。鎌倉時代に入ると荘園には地頭が置かれた所が多かったが、賀茂社領については「吾妻鏡」文治二年(一一八六)九月五日条に「賀茂別雷社領事、院宣到来之間、停止地頭知行、被付社家之由、令下知給」とあり、地頭設置が停止せられている。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by