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朝倉景鏡 あさくら かげあきら

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

朝倉景鏡 あさくら-かげあきら

?-1574 戦国-織豊時代の武将。
朝倉貞景の孫。従兄弟朝倉義景につかえ,越前(えちぜん)(福井県)大野郡の郡司をつとめる。天正(てんしょう)元年織田信長に攻められたとき裏切り,義景を自刃(じじん)に追いこむ。姓を土橋(つちはし),名を信鏡とあらため,信長にしたがったが一向一揆(いっき)に攻められ,天正2年4月14日自害した。通称は孫八郎。

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(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

朝倉景鏡

没年:天正2.4.14(1574.5.4)
生年:生年不詳
戦国時代の武将。景高の子で朝倉義景の従弟。式部大輔。義景から越前(福井県)大野郡の支配を委ねられていたが,天正1(1573)年,義景が織田信長に攻められ,一乗谷(福井市)から大野に逃れると,これを裏切って切腹に追い込み,信長に降伏した。朝倉氏はここに滅亡し,景鏡は信長に許されて姓を土橋,名を信鏡と改め,その後も大野郡の支配に当たった。しかし,翌年蜂起した越前一向一揆の攻撃対象となり,2月に始まった合戦では平泉寺衆徒と共に戦ったが,村岡城(勝山市)にこもった一揆勢に敗れて自害した。「日の本に隠れぬその名改めて果ては大野の土橋となる」という狂歌に,越前での評価が示されている。

(河村昭一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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