朝日曾雌村(読み)あさひそしむら

日本歴史地名大系 「朝日曾雌村」の解説

朝日曾雌村
あさひそしむら

[現在地名]都留市朝日曾雌

桂川の支流朝日川上流域に位置する。朝日曾子村などとも記す。集落は朝日川(大旅川)左岸と右岸の山裾にあり、神門(じんかど)と久保(くぼ)の集落は西の朝日馬場(あさひばば)村の集落と入組み、久保の集落から北東へ朝日川の支流大平(おいだいら)川沿いの山道を登ると大平の集落が傾斜地にある。大平は元禄郷帳に大平村とみえ、「朝日曾雌村之枝郷、古は朝日大平村」と注記される。天保郷帳では当村は「古は朝日曾雌村・大平村弐ケ村」と注記される。文禄―慶長期(一五九二―一六一五)のものと推定される四郡高〆控に朝日村とみえ、高五四五石余。「甲斐国志」朝日曾雌村条によると、古くは朝日曾雌村・朝日馬場村・与縄(よなわ)村・井倉(いぐら)村・玉川(たまがわ)村・戸沢(とざわ)村、朝日小沢(あさひおざわ)村(現大月市)の七ヵ村で朝日郷(朝日七郷)を構成し、文禄検地で高五四五石余となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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