木の宗山銅鐸銅剣出土地(読み)きのむねやまどうたくどうけんしゆつどち

日本歴史地名大系 「木の宗山銅鐸銅剣出土地」の解説

木の宗山銅鐸銅剣出土地
きのむねやまどうたくどうけんしゆつどち

[現在地名]東区安芸町福田 狐が城

明治二四年(一八九一)木の宗山中腹の烏帽子えぼし岩の下から、古式の銅鐸(高さ一八・九センチ、横帯文)と銅剣(長さ三九センチ)銅戈(長さ二九センチ)素焼土器が発見された。大和文化圏を代表する銅鐸と北九州文化圏を代表する銅剣・銅戈が同時に出土したところから、弥生時代に二大文化圏が並立していた状態を示す遺跡として重視される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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