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銅戈 ドウカ

世界大百科事典 第2版の解説

どうか【銅戈 tóng gē】

長い柄に青銅製の刃部(援(えん))をほぼ直角に装着する武器であり,回転力を利用した刺突と引き斬る機能がある。この武器は中国で中期以後に盛行し,後に朝鮮,日本に伝わった。中国の殷中・後期の銅戈は刺突の武器であり,殷末以後は援から柄にそってのびる刃部(胡(こ))のあるものが増加し斬る機能が加わった。以後,中国では秦代まで多くの銅戈の例があるが,前漢代には著しく廃れた。 朝鮮の銅戈は戦国時代後期の中国製銅戈の系譜を引くと考えられるが,胡の発達がなく形状には大きな差異がある。

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大辞林 第三版の解説

どうか【銅戈】

弥生時代の青銅製の戈ほこ。本来中国起源の利器であったが、多くは儀礼・祭祀さいしに用いたと思われる。 → 銅剣銅鉾どうほこ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

銅戈
どうか

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

銅戈
どうか

(え)に対し直角方向に刃を装着した青銅製の武器。中国では殷(いん)代に出現し、実用の武器として、鋭利な方向へと形態上の変化をみせながら、戦国末まで継続して製作された。紀元前2世紀ころ、中国の戈と形態の異なったものが朝鮮で製作され始め、その一部は日本にも舶載された。日本でも弥生(やよい)時代前期末~中期初に少数の銅戈が北部九州で製作されたが、その伝統は中断され、弥生時代中期中ごろ以後ふたたび生産され始めた。銅戈製造の中心地は北部九州で、祭器としての銅戈はしだいに大形化し、大量に製作された。福岡県春日(かすが)市原町では48本の銅戈が一括して発見された。近畿地方では九州の銅戈と異なった特徴をもつ大阪湾型銅戈が分布している。神戸市桜ヶ丘では7本の大阪湾型銅戈が14個の銅鐸(どうたく)といっしょに発見された。[田村晃一]

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世界大百科事典内の銅戈の言及

【クリス】より

…柄は木,牛角,象牙などで作られ彫刻が施され,鞘は木製で,しばしば金銀薄板製の覆いを施される。なお,日本の弥生時代遺跡から出土する銅戈が,この短剣に似た形をもつことから,かつて〈クリス形銅剣〉と呼ばれたことがある。【関本 照夫】。…

※「銅戈」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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