木下俊胤(読み)きのした としたね

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「木下俊胤」の解説

木下俊胤 きのした-としたね

1747-1776 江戸時代中期の大名
延享4年(一説寛保(かんぽう)3年)生まれ。下野(しもつけ)宇都宮藩主戸田忠余(ただみ)の6男。木下俊泰(としやす)の養子となり,明和5年豊後(ぶんご)(大分県)日出(ひじ)藩主木下家10代。江戸本所米蔵の火消役をつとめ,明和9年の大火に活躍。能書家として知られた。安永5年5月20日死去。30歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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