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木下延俊 きのした のぶとし

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

木下延俊 きのした-のぶとし

1577-1642 織豊-江戸時代前期の大名。
天正(てんしょう)5年生まれ。木下家定の3男。豊臣秀吉につかえる。父が大坂城留守居役のとき,その居城播磨(はりま)(兵庫県)姫路城をまもり,関ケ原の戦いでは徳川家康に属して丹波福知山城(京都府)を攻める。慶長6年豊後(ぶんご)(大分県)日出(ひじ)藩主木下家初代。3万石。寛永19年1月7日死去。66歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の木下延俊の言及

【木下氏】より

…近世大名。豊臣秀吉の生家木下氏と秀吉の妻(高台院)の実家杉原氏流木下氏がある。秀吉の父弥右衛門は織田信秀の足軽で尾張中村の百姓。秀吉は信長に仕え木下藤吉郎と名のるが,出世に伴い1573年(天正1)羽柴氏に,さらに86年豊臣氏に改姓した。杉原氏は定利の女が秀吉の妻(北政所)となり,秀吉の一族として繁栄,北政所の伯父家次は秀吉に仕え丹波福知山城主となった。兄家定は秀吉に近侍し木下姓に改めて播磨姫路城主,関ヶ原の戦後備中足守(あしもり)に移封された。…

※「木下延俊」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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