末吉町(読み)すえよしちよう

日本歴史地名大系 「末吉町」の解説

末吉町
すえよしちよう

面積:一二九・〇九平方キロ

曾於郡の北東部に位置し、南東は志布志しぶし町、南は松山まつやま町、南西は大隅町、西は姶良あいら福山ふくやま町、北は財部たからべ町、北東は宮崎県都城市と接する。町域は東西に長く、南北は広狭がある。東部は山岳地帯、中央部は平地をなし、西部は高原地帯となっている。東部から北部町境付近を都城市へ流れる大淀おおよど川と、町南部の境付近を大隅町へ流れる菱田ひしだ川、東部の山岳地帯を志布志町へ流れる安楽あんらく川の三河川がおもな河川で、田地はこれらの河川の流域のほか、大正八年(一九一九)に開かれた高松たかまつ新田が大部分を占め、他の土地は畑地や山林原野となっている。国道一〇号が北西部の財部町境付近を東西に通り、国道二六九号が中央部を南北に縦断、また国道二二二号が東部の高岡口たかおかぐち付近を通っている。主要地方道の垂水たるみず南之郷みなみのごう線や県道末吉―財部線、財部―大崎おおさき間を結ぶ広域農道などがある。

末吉町
すえよしちよう

東山区大和大路四条上ル二筋目東入

新橋南しんばしみなみ通に位置。東は巽橋たつみばし筋、西は大和大路やまとおおじ、北はしら川。宝暦一二年(一七六二)刊「京町鑑」に、「三条通より南へ五すじ目、縄手東入末吉町 此通凡一町半ほど有、此町南側に富永町へ出る二すじ有、是も末吉町の内也」とみえる。その二筋のうち、当町南側中央より南下する小路をくらがり町と通称し、天保二年(一八三一)京都巡覧記」にも所見する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報