朝日日本歴史人物事典 「本多利長」の解説
本多利長
生年:寛永12(1635)
江戸前期の大名。通称は石見,越前守。本多忠利と井上正就の娘の嫡男。妻は松平(大河内)正綱の娘。正保2(1645)年閏5月26日に家督を相続し,三河国岡崎藩主となる。同年6月27日遠江国横須賀5万石に転封したが,天和2(1682)年2月22日,不行跡と領内への悪政,前年の巡見使への対応不適切により城地を召し上げられる。ただし祖先の功労により新たに出羽村山1万石を与えられた。文武を学ぶが学問を鼻にかけ,勇を専らにするため領民にも辛い沙汰が多かった。村山転居ののちは民への哀憐の心も出るようになったといわれる。<参考文献>『本多越前守利長家之覚書』(『改定史籍集覧』)
(藤實久美子)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報