本多忠平(読み)ほんだ ただひら

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「本多忠平」の解説

本多忠平 ほんだ-ただひら

1632-1695 江戸時代前期の大名
寛永9年生まれ。本多忠義(ただよし)の長男。寛文2年陸奥(むつ)白河藩(福島県)藩主本多家2代。下野(しもつけ)(栃木県)宇都宮藩主をへて,貞享(じょうきょう)2年大和(奈良県)郡山(こおりやま)藩主本多家(定通系忠義家)初代となる。12万石。延宝8年の大火で焼失した城下町復旧にあたり,藩財政の立て直しにつとめた。元禄(げんろく)8年10月15日死去。64歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...

春隣の用語解説を読む