本多忠方(読み)ほんだ ただみち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「本多忠方」の解説

本多忠方 ほんだ-ただみち

1707-1731 江戸時代中期の大名
宝永4年生まれ。本多忠英(ただひで)の次男。兄の忠良(ただよし)が越後(えちご)(新潟県)村上藩主になったため,享保(きょうほう)3年12歳で播磨(はりま)(兵庫県)山崎藩主本多家2代となる。日光祭礼奉行をつとめた。享保16年5月16日死去。25歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む