江戸時代の長崎における諸画派の総称。長崎は鎖国体制下における唯一の通商貿易港であったから,絵画などでも中国やオランダから新様式が流入した。この特殊な港町にさまざまな画派が興ったのであり,そこに様式上の共通性が見られるわけではない。それらはほぼ次のような流派に大別される。(1)黄檗(おうばく)派は,黄檗宗の中国僧によって伝えられた写実的な高僧肖像画を学び,喜多元規らの肖像画家を生んだ(黄檗美術)。(2)漢画派は,1644年(正保1)に来朝した黄檗僧逸然(1600か01-68)を祖とし,河村若芝(1629か38-1707),渡辺秀石(1639-1707)らが謹厳な北宗画風の絵を描き,秀石は唐絵目利職につくなど,長崎派の主流となった。(3)南蘋(なんぴん)派は,1731年(享保16)に渡来した沈銓(しんせん)(南蘋)にはじまる。精緻な花鳥画の画風は南蘋に直接師事した熊代熊斐(ゆうひ)(1693-1772)の門下の鶴亭(?-1785),宋紫石(1716-80)により近畿や関東に伝わり,江戸後期の画壇に写実主義の風潮がひろまる契機となった。(4)南宗画(文人画)派も伊孚九(いふきゆう),費漢源,江稼圃(こうかほ)らの来日中国画人に負うところが多い。長崎に来航する中国商船の乗員には,当時中国で流行していた南宗画をよくする者が多かったが,当時の日本の画人はまだ中国の南宗画に接する機会が少なく,彼らの影響により,池大雅や与謝蕪村らの日本南画が興った。(5)洋風画派は,長崎では18世紀末ころにはじまり,オランダから伝わった西洋画法を学んで,若杉五十八と荒木如元は当時としては本格的な麻布油彩の西洋風俗図を描いた。しかし長崎の洋風画家は司馬江漢ら江戸系の人びとほど西洋画法の摂取に熱心でなく,幕末最末期の川原慶賀を除くと日本的題材の洋風表現はあまり発達しなかった。(6)長崎版画は,江戸の浮世絵よりも技術は劣るが,長崎特有の異国風物を描いた。江戸時代の長崎はその特殊な環境のため,地方都市としてはまれなほど多くの画家を生んだが,長崎派の真価はそれ自身の作品よりも,舶来の新画法を中央に伝えたことにある。
執筆者:成瀬 不二雄
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江戸時代に長崎で生まれた諸画派の総称。長崎は鎖国体制下の唯一の開港地であったから、絵画の方面でも、中国やオランダからそれまで未知の新様式がもたらされ、新興の諸流派も生まれた。それらの総称を長崎派というが、そこに統一的な主張や作風上の近似性があるわけではない。また、海外からの新様式が、たとえ最初に長崎に陸揚げされたとしても、それを養分として注目すべき新興画派が輩出したのは、多く京都や江戸のような中央の画壇においてであった。しかし、以下にあげるような長崎の諸流派が、海外からもたらされた新様式を中央に伝える役割を果たしたことは無視しがたい。
(1)黄檗(おうばく)画派は中国の渡来黄檗僧によって伝えられ、喜多元規(きたげんき)一派に受け継がれた写実的な肖像画派である。また、中国人黄檗僧の余技としての絵は、日本の南画に影響した。(2)渡来黄檗僧逸然(いつねん)を祖とし、渡辺秀石(しゅうせき)や河村若芝(じゃくし)に継承された北宗(ほくしゅう)画派。(3)1731年(享保16)来朝の沈南蘋(しんなんぴん)が伝え、その弟子の熊斐(ゆうひ)らによって全国的に広がった写実的な花鳥画派。(4)おもに商用で長崎に来航した清(しん)人のうち、画をよくする者に学んだ南宗(なんしゅう)文人画派。(5)オランダから渡来した西洋画に学んだ洋風画派。しかし、若杉五十八(いそはち)、荒木如元(じょげん)、川原慶賀(けいが)らの長崎の洋風画は、渡来画の模写作品には秀作を残しても、西洋画法による日本的題材の開拓では江戸に後れをとった。(6)以上のほか、外国船、西洋人、中国人などに取材した長崎版画などがある。
[成瀬不二雄]
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…これに加えて,オランダからの洋風画技法も紹介された。長崎を窓口として日本に流れ込んださまざまな知識は,享保期(1716‐36)を境に新たに発生と展開をみる美術史の流れに,決定的な影響を与えるのであるが,この長崎経由の絵画現象を総称して長崎派と呼ぶならば,日本文人画の発生と展開は長崎派と深くかかわっていたという認識に立たなければならない。 18世紀は,同時に浮世絵や円山四条派という新たな流派の発生をみ,また,琳派もなお健在であった。…
※「長崎派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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