本多忠英(読み)ほんだ ただひで

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「本多忠英」の解説

本多忠英 ほんだ-ただひで

1647-1718 江戸時代前期-中期の大名。
正保(しょうほ)4年生まれ。大和(奈良県)郡山(こおりやま)藩主本多政勝(まさかつ)の5男。本多政信(まさのぶ)の養子となり,寛文2年大和郡山に1万石を分知される。延宝7年播磨(はりま)(兵庫県)山崎にうつされ,山崎藩主本多家初代。1万石。茶道を片桐石州(かたぎり-せきしゅう)にまなぶ。大番頭(おおばんがしら),二条城在番をつとめた。享保(きょうほう)3年6月24日死去。72歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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