本多忠純(読み)ほんだ ただずみ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「本多忠純」の解説

本多忠純 ほんだ-ただずみ

1586-1632* 江戸時代前期の大名
天正(てんしょう)14年生まれ。本多正信の3男。徳川家康につかえ,慶長10年下野(しもつけ)(栃木県)榎本(えのもと)藩主となる。大坂夏の陣で活躍し,その功により1万8000石を加増され元和(げんな)元年下野皆川藩主本多家初代。2万8000石。気性があらく,寛永8年12月13日家臣にころされた。46歳。通称大学

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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