本多忠鄰(読み)ほんだ ただちか

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「本多忠鄰」の解説

本多忠鄰 ほんだ-ただちか

1811-1874 江戸後期-明治時代大名
文化8年生まれ。本多忠居(ただおき)の子。兄忠敬(ただたか)の隠居後,天保(てんぽう)5年播磨(はりま)(兵庫県)山崎藩主本多家8代となる。片桐内蔵治(宜定(よしさだ))を家老に登用し財政再建につとめる。異国船渡来出陣備えをつくり,また第1次幕長戦争に出陣。明治7年1月12日死去。64歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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