本多忠居(読み)ほんだ ただおき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「本多忠居」の解説

本多忠居 ほんだ-ただおき

1771-1819 江戸時代後期の大名
明和8年生まれ。本多忠可(ただよし)の長男。寛政7年播磨(はりま)(兵庫県)山崎藩主本多家6代となる。翌年,父の代からの家老佐藤景長(かげなが)が,意見対立から忠居の面前藩士にきられる事件があった。大坂加番をつとめた。文政2年2月14日死去。49歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む