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本多貞吉 ほんだ ていきち

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

本多貞吉 ほんだ-ていきち

1766-1819 江戸時代後期の陶工。
明和3年生まれ。文化4年青木木米(もくべい)とともに加賀金沢の春日山に窯をきずき,九谷焼再興のきっかけをつくる。8年能美(のみ)郡若杉村(小松市)の林八兵衛にまねかれて若杉窯をひらいたが,窯は13年金沢藩の支配となり若杉陶器所とあらためた。文政2年4月6日死去。54歳。肥前島原(長崎県)出身。

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(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

本多貞吉

没年:文政2.4.6(1819.4.29)
生年:明和3(1766)
江戸中・後期の陶工。再興九谷焼の立役者。肥前(長崎県)島原の出身で,伊予(愛媛県)の大洲,摂津(兵庫県)の三田で製陶を行ったのち,文化3(1806)年に青木木米の助手となり,加賀(石川県)金沢の春日山窯の築造に参加した。木米が帰京したあとも加賀にとどまり,同8年小松に若杉焼を開いた。貞吉が隣村の花坂村六兵衛山で磁土を発見したため若杉焼は磁器窯として将来を期待され,加賀藩は若杉陶器所という組織を作り,貞吉を職長として,全国から陶工を集めて,4000坪からなる大規模工場を作り上げた。若杉焼はあらゆる種類の陶磁器を焼成し,再興九谷焼の中心的窯に成長した。

(矢部良明)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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