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本間玄調 ほんまげんちょう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

本間玄調
ほんまげんちょう

[生]文化1(1804).常陸
[没]明治5(1872).2.8. 水戸
江戸時代末期の医師。名は資章,のち救と改名。号は棗軒,書斎名自準亭。文政3 (1820) 年本間道偉の養子となり,原南陽に医学を学ぶ。次いで,江戸に出て杉田立卿に蘭学,太田錦城に儒学を学ぶ。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

本間玄調 ほんま-げんちょう

本間棗軒(ほんま-そうけん)

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の本間玄調の言及

【口腔外科】より

…第1次大戦時における顎顔面領域の戦傷者の治療は,口腔外科の発展に飛躍的な進歩をもたらした。 日本における口腔外科の歴史は,本間玄調(1804‐72)著の《瘍科(外科)秘録》の中にみられる口腔外科的記載が初めとされ,舌癌,上顎癌の症状や手術所見などがみられる。明治時代に入り,1883年医術開業試験の中に歯科という科目が設けられ,歯科医師の身分が確立され,1906年に歯科医師法が制定され,さらに09年伊沢信平により歯科医術開業試験の科目に口腔外科が加えられ,歯科における口腔外科の地位が確立された。…

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