日本歴史地名大系 「本願寺四日市別院」の解説 本願寺四日市別院ほんがんじよつかいちべついん 大分県:宇佐市旧四日市町地区四日市村本願寺四日市別院[現在地名]宇佐市四日市四日市別院の北東に位置する浄土真宗本願寺派の別院。真勝(しんしよう)寺騒動の結果同寺が東本願寺派の掛所となったため創建された(→四日市別院)。寛保三年(一七四三)の幕府裁可により真勝寺騒動に敗れた西派の末寺たちは西本願寺一七世法如の意向もあり、西別院の創立に動いた。川部(かわべ)村正明(しようみよう)寺を四日市村に移転、その後に同寺の別院昇格運動を起こすこととした。正明寺の四日市引地願は日田代官岡田庄太夫から許可されるが、寺社奉行大岡忠相はこれを取消し、正明寺香雲と子の慈忍を江戸に召還。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by