杉浦治郎右衛門(読み)すぎうら じろうえもん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「杉浦治郎右衛門」の解説

杉浦治郎右衛門 すぎうら-じろうえもん

1820-1895 明治時代実業家
文政3年9月28日生まれ。京都祇園の茶屋一力(いちりき)の主人槙村正直の助けをえて,明治3年日本最初の検黴治療所,6年婦女職工引立会社(女子教育機関,のちの遊所女紅場(にょこうば))を設立し,祇園の復興につくした。5年第1回京都博覧会では「都をどり」の催しの創設に協力した。明治28年2月24日死去。76歳。山城(京都府)出身本名は為充。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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