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杉田仙十郎 すぎた せんじゅうろう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

杉田仙十郎 すぎた-せんじゅうろう

1820-1893 幕末-明治時代の公共事業家。
文政3年11月6日生まれ。杉田定一(ていいち)の父。家は代々越前(えちぜん)(福井県)坂井郡の大庄屋。江戸に遊学,安政4年(1857)自邸内に学校をたてたが,分にすぎるとして藩から閉門を命じられた。維新後,九頭竜(くずりゅう)川の改修,地租軽減などにつくす。石川県の最初の県会議員ひとり。明治26年1月10日死去。74歳。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

杉田仙十郎

没年:明治26.1.10(1893)
生年:文政3.11.6(1820.12.11)
幕末明治期の大庄屋,県会議員。福井藩領越前国坂井郡波寄村(福井市)の人。衆議院議長杉田定一の父。天保14(1843)年父の後を継いで大庄屋となり,次いで福井藩惣会所の調和惣締役兼惣代助役,郷長,県会議員を歴任,この間地域のために九頭竜川の治水にも尽力した。長男定一が政治家になると(1・2回衆議院議員選挙に連続当選),物心両面にわたってその活動を支え,父祖伝来の田畑を手離して惜しむことがなかったという。安政4(1857)年大庄屋を罷免されたが,復帰を願った組下村々の嘆願書に,「菓子料は申すに及ばず,三季(中元や歳暮など)を聊も受納致されず」とあって,清廉の人柄が窺われる。石黒務知事も,仙十郎のために「わずらいも年の高きもものかはとすゝむ君こそ世の宝なれ」と詠んでいる。<参考文献>雑賀博愛『杉田鶉山翁』

(隼田嘉彦)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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