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李鱓 りせんLǐ Shàn

世界大百科事典 第2版の解説

りせん【李鱓 Lǐ Shàn】

1686‐1762
中国,清代中期の画家。字は宗揚。号は復堂,懊道人,木頭老子,中洋など。江蘇省興化の人。康熙50年(1711)の挙人で,山東省滕県(とうけん)知県に至った。揚州八怪の一人。花鳥画宮廷画家の蔣廷錫(しようていしやく)に学んだが画院に入れられず,退官して揚州南郊に浮漚(ふおう)館を建てて住み,明初の林良に私淑して奔放な筆勢による花卉(かき)・樹石を得意とした。代表作は《五松図》(1747,クリーブランド美術館),《城南春色図》(1754,上海博物館)ほか。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説


りぜん
(1686―1762ころ)

中国、清(しん)代の画家。揚州(ようしゅう)八怪の1人。興化(江蘇(こうそ)省)の人。字(あざな)は宗揚(そうよう)、号は復堂(ふくどう)、懊道人(おうどうじん)など。康煕(こうき)50年(1711)の挙人。山東省滕(とう)県の知県となったが、のち辞職し、揚州の南郊に浮(ふおうかん)を建て、金冬心(きんとうしん)、黄慎(こうしん)、鄭燮(ていしょう)ら八怪の面々と交わった。画(え)は宮廷画家蒋廷錫(しょうていしゃく)に花鳥を学び、高其佩(こうきはい)を慕ったというように、着色花鳥画をよくし、代表作として『城南春色図』(上海(シャンハイ)博物館)を残すが、一方、力強く奔放な水墨画法できわめて独自な世界をつくった。『五松図(ごしょうず)』(東京国立博物館)はこの両方の要素がうまくかみ合ったものである。[近藤秀実]

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世界大百科事典内の李鱓の言及

【揚州八怪】より

…中国,清の乾隆年間(1736‐95),江蘇省揚州で活躍した8人の個性主義的画家。金農,黄慎(こうしん),李鱓(りぜん),汪士慎,高翔(こうしよう),鄭燮(ていしよう),李方膺(りほうよう),羅聘(らへい)。そのほか,高鳳翰(こうほうかん),閔貞(びんてい),華嵒(かがん)らを加え,揚州派ともいう。…

※「李鱓」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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