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宮廷画家 きゅうていがかcourt painter

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

宮廷画家
きゅうていがか
court painter

年金その他の特別の報酬を得て,王侯などのために制作する画家。ルネサンス期に各君主の美術に対する要求の増大とともに生じ (ミラノ宮廷のレオナルド・ダ・ビンチ,マントバマンテーニャ,バチカンのラファエロ) ,絶対王制下の宮廷で発達した。特にフランスのルイ 14世治下に,「首席宮廷画家」 Premier Peintre du Roi制度が確立し,1664年 C.ルブラン,90年 P.ミニャール,1765年 F.ブーシェなどが任命された。またナポレオン帝政下の J.ダビッドやスペインの宮廷に仕えたゴヤなども知られている。中国では画院,日本では絵所御用絵師がこれにあたる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

宮廷画家
きゅうていがか

王室あるいは高位の貴族に直属して、もっぱらその需要に応じて描いた画家。多くは宮殿や城館内にアトリエをもち制作した。広義に考えれば、王制のあるところにはほとんど宮廷画家が存在したといえる。たとえば古代エジプトの王家や墳墓の壁画の多くは彼らの制作であり、ギリシアでは、アレクサンドロス大王に仕えたアペレスが有名である。ヨーロッパの中世以降、各地の宮廷で優れた画家を招聘(しょうへい)する風習が広まり、画家の側も名声と富を得るために宮廷画家となることを望むようになった。ブルゴーニュ侯の宮廷におけるファン・アイク兄弟、ベリー公の宮廷のランブール兄弟などは好例である。一定期間をある宮廷で過ごし、さらに別の宮廷に移ることも多くみられる。たとえばレオナルド・ダ・ビンチの場合、スフォルツァ家、ボルジア家、メディチ家などを転々とし、最後はフランス王家に招かれている。
 近世以降では、ルーベンス、ベラスケス、ゴヤらが宮廷画家として活躍した。とくにフランスのルイ14世の宮廷では、宮廷画家の身分が職制のなかに定着し、首席宮廷画家は美術界の最高位を意味するようになった。シャルル・ルブランがその例である。
 中国や日本ではとくにこの呼称は用いられなかったが、中国の画院(翰林図画院(かんりんとがいん))、日本の絵所(えどころ)などには、宮廷画家に共通する性格がある。[友部 直]

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世界大百科事典内の宮廷画家の言及

【画家組合】より

…これに対しネーデルラントでは16,17世紀にも依然中世以来の画家組合(彫刻家,ガラス絵師,画商なども含むことが多い)が実質的に機能していたが,17世紀後半にはイタリアやフランスの先例にならって各地にアカデミーが誕生している。なお,自由な芸術家の集りとしてのアカデミーが組合の統制に対抗し得たのは王侯の保護を仰いだためであるが,中世以来個人として宮廷に仕えた,いわゆる宮廷画家も組合のさまざまな拘束を免除される特権を得ていた。絵師絵所【高橋 裕子】。…

※「宮廷画家」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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