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村山たか むらやま たか

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

村山たか むらやま-たか

1810-1876 江戸後期-明治時代の女性。
文化7年生まれ。京都で芸妓(げいぎ)となり,金閣寺住職にひかされ一子をもうける。のち井伊直弼(なおすけ)の寵愛(ちょうあい)をうけ,長野主膳の情報役として安政の大獄の陰で活躍。文久2年(1862)尊攘派(そんじょうは)浪士に三条大橋で生きさらしにされ,子の多田帯刀(たてわき)は殺された。尼として余生をおくる。明治9年9月30日死去。67歳。近江(おうみ)(滋賀県)出身。別名に可寿江(かずえ)。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

村山たか

没年:明治9(1876)
生年:文化6?(1809)
安政の大獄にかかわった井伊直弼の侍女。近江多賀社尊勝院主の娘。母は同社般若院住職の妹。同社寺侍村山氏の養女となり,伯父に育てられる。美貌と才気の持ち主で,京都に出て芸妓となり可寿江と称した。金閣寺住職に請われて隠し妻となり25歳で一子帯刀をもうけたのち,同寺寺侍多田一郎時員の妻となるが2年で離縁。彦根に帰り,部屋住み時代の井伊直弼の寵を受ける。やがて直弼の側近,長野主膳(義言)と親しくなり,主膳と共に直弼の政敵を探索した。文久2(1862)年11月,幕府権威の失墜を狙う尊攘派によって京都三条大橋に生き晒しになるが,助けられて尼となり,名を妙寿と改めて洛北金福寺に入った。

(大谷泰子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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