リットン(読み)りっとん(英語表記)Edward George Earle Lytton Bulwer-Lytton, 1st Baron Lytton

日本大百科全書(ニッポニカ) 「リットン」の意味・わかりやすい解説

リットン
りっとん
Edward George Earle Lytton Bulwer-Lytton, 1st Baron Lytton
(1803―1873)

イギリス小説家政治家。ケンブリッジ大学卒業。バイロン的ダンディーとして社交界で人気を博す。結婚後生涯家庭生活に恵まれず、収入を得るため精力的な文筆活動をしながら政界に入り、植民地相まで務めた。当時の流行を取り入れた通俗小説を多作し、『ポール・クリフォード』(1830)、『ユージン・エアラム』(1832)は犯罪小説、『ポンペイ最後の日』(1834)、『リエンツィ』(1835)、『最後の直臣』(1843)は歴史小説、そして最高作といわれる『ペラム』(1828)では当時の社交界を描いた。

[佐野 晃]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「リットン」の意味・わかりやすい解説

リットン(伯)
リットン[はく]
Lytton, Edward Robert Bulwer-Lytton, 1st Earl

[生]1831.11.8. ロンドン
[没]1891.11.24. パリ
イギリスの外交官詩人。リットン男爵の子。 1872~76年ポルトガル駐在公使を経てインド総督となる (1876~80) 。在任中,77年デリーでイギリス女王をインド皇帝と宣言し,インド帝国が成立した。第2次アフガン戦争 (78~80) が起るとインド財政は一層危機を深め,これらの政策非難があがると土着語出版法により言論,出版に弾圧を加えた。 87年フランス駐在大使となる。詩人としても知られ多くの詩作がある。

リットン(男)
リットン[だん]
Lytton, Edward George Earle Bulwer-Lytton, 1st Baron

[生]1803.5.25. ロンドン
[没]1873.1.18. トーキー
イギリスの小説家,政治家。やや浅薄ながら多才作家で,そのときどきの流行に応じて諸種の小説を試み,生前は好評を博した。代表作『ペラム』 Pelham (1828) ,『ポンペイ最後の日』 The Last Days of Pompeii (34) 。ほかに戯曲もある。 1831年以降政界で活躍,58~59年植民地相。 66年男爵に叙せられた。

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