村岡長太郎(読み)ムラオカ チョウタロウ

20世紀日本人名事典 「村岡長太郎」の解説

村岡 長太郎
ムラオカ チョウタロウ

明治〜昭和期の陸軍中将



生年
明治4年11月(1871年)

没年
昭和5(1930)年8月19日

出生地
佐賀県

学歴〔年〕
陸士〔明治27年〕卒,陸大〔明治35年〕卒

経歴
旧佐賀藩士の四男に生れる。歩兵少尉に任官、歩兵第13連隊付となり、陸大卒業後同連隊中隊長を経て、明治36年参謀本部に入り、37年日露戦争で韓国派遣、第1軍、第2師団各参謀を務める。40年陸大教官となり、44年トルコへ出張、大正元年第1次バルカン戦争でトルコ軍に従軍した。2年大佐、歩兵第29連隊長、4年教育総監部に転じ、第2課長、第1課長を歴任、7年少将となり臨時軍事調査委員長、10年歩兵学校長に就任。12年中将、第4師団長、昭和2年関東軍司令官となり、第1次山東出兵を強行したが、張作霖爆殺事件の責任を取って、4年引退した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「村岡長太郎」の解説

村岡長太郎 むらおか-ちょうたろう

1871-1930 明治-昭和時代前期の軍人
明治4年11月11日生まれ。歩兵学校長,第四師団長をへて,昭和2年関東軍司令官。3年関東軍参謀河本(こうもと)大作のひきおこした張作霖(ちょう-さくりん)爆殺事件が「満州某重大事件」として問題となり,4年予備役編入の形で処分された。陸軍中将。昭和5年8月19日死去。60歳。佐賀県出身。陸軍大学校卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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