来待神社(読み)きまちじんじや

日本歴史地名大系 「来待神社」の解説

来待神社
きまちじんじや

[現在地名]宍道町上来待 大森

来待川の左岸宮山の丘陵上に鎮座する。「出雲国風土記」所載の意宇おう支麻知きまち社が当社に比定される。大森おおもり三社大明神とも称し、古くから来待地域の総社で大氏神とも称された。境内は広く、壮麗な三殿が並ぶ。当社はこの三殿を回廊で連接する特異な構造をもつ。三殿のうち中ノ社に大物主命、左ノ社には事代主命、右ノ社には五十猛命をそれぞれ祀る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む