日本歴史地名大系 「宍道町」の解説
宍道町
しんじちよう
- 島根県:八束郡
- 宍道町
八束郡の最西部に位置し、東は
宍道町
しんじまち
宍道村内にあった町場。東西に通る山陰道沿いに町並が形成され、町の西端から南へ出雲備後道が分岐する。街道の結節点という立地条件から宿駅として栄え、宍道湖を利用した舟運の要衝でもあった。元禄一二年(一六九九)三月の完道町地銭御検地帳写によると上畑一町六反余、地銭屋敷七一軒・地銭御免屋敷四軒、地銭面判銀一一七匁六分二厘、ほかに二口二反余となっている。文久二年(一八六二)には地銭屋敷八七軒(畑一町七反余)となっている(「意宇郡村有高輪切帳」広島大学附属図書館蔵)。町の長さは二〇〇間、街道幅は四間であった(年未詳「宍道村万差出帳控」木幡家文書)。また嘉永二年(一八四九)の町屋敷間数帖図之(同文書)によると、街道を挟んで山側に四〇軒・灘側に四二軒あり、山側屋敷の奥行はおおむね一七間、それに対して灘側は不揃いになっている。享保一八年(一七三三)に町方の大火があったが、街区の基本構成に影響を与えていない(前掲万差出帳控・前掲町屋敷間数帖図之)。当町には制札場があった(雲陽大数録)。
天明三年(一七八三)の宍道駅諸市願(木幡家文書)に「往古より仁多、飯石、大原、右三郡之御米津出目当ニ、町中過半水主、馬士并御登米被仰付候節、(中略)三百軒余之竈数一円ニ渡世仕申上候」と記されるが、宝暦九年(一七五九)に
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報