日本歴史地名大系 「来迎川」の解説 来迎川らいごうがわ 滋賀県:彦根市旧愛知郡・神崎郡地区来迎川愛知郡愛知川(えちがわ)町の東円堂(とうえんどう)と豊満(とよみつ)の間の不飲(のまず)池を水源とし、愛知川下流とほぼ並行して流れ、柳川(やながわ)町で琵琶湖に注ぐ。流路延長約一〇・五キロ。かつては服部(はつとり)村・彦富(ひこどめ)村境の金(かね)ヶ淵より上流を不飲川、下流筋を来迎川とよび分けていたという。安政六年(一八五九)彦根藩が柳川村から中山道愛知川宿(現愛知川町)までの運送川とすることを許可、翌万延元年(一八六〇)東西二里にわたる舟運用の普請が完成した(滋賀県史)。通船は普光寺(ふこうじ)村から上流は曳舟の方法をとったため、その川筋では畦畔木がみられなかった。しかし重要な灌漑用水であるため、通船は九月―翌年二月頃の間に限られていた。明治一三年(一八八〇)当時もこの通船期間は順守されており、玉石積一艘につき三五銭の賃銭であった(来迎井郷共有文書)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by