東京感化院(読み)とうきょうかんかいん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「東京感化院」の意味・わかりやすい解説

東京感化院
とうきょうかんかいん

1885年高瀬真卿によって設立された日本最初の組織的な少年感化院。設立当時,私立予備感化院と称し,翌 1886年,東京感化院と改称。東洋的な儒教精神とそれに基づいた家族制による感化が行なわれた。「本院の家族は院長の子なり」という精神のもとに「家族訓本主義」なども制定されていた。なお,感化院は現行法上は児童自立支援施設と称する (児童福祉法 7条,44条) 。

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