日本歴史地名大系 「東六番丁」の解説 東六番丁ひがしろくばんちよう 宮城県:仙台市仙台城下東六番丁[現在地名]仙台市東六番丁・宮町(みやまち)一―二丁目・中央(ちゆうおう)一丁目・花京院(かきよういん)一丁目東五番丁の東方。東照宮の門前町宮(みや)町の通り南末より南下し、北目町(きためまち)通で清水(しみず)小路と接するまでの街路で、ほぼ侍屋敷が並ぶ。当町大町(おおまち)通以南は東七・東八・東九番丁とともに寛永九年(一六三二)頃には割出されたとされる(仙台市史)。正保仙台城絵図では大町通と接する辺りに足軽屋敷とみえ、その北は職人屋敷地で、当町の道は延びていない。寛文九―一一年(一六六九―七一)の城下絵図では東照宮門前に北進する道が割られ、職人屋敷は変わらないものの、足軽屋敷は消え、侍屋敷となっている。また同絵図に北目町通との交差点まで清水小路の水道が設けられているのがうかがえる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by