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旅館 りょかん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

旅館
りょかん

旅館業法に基づき,5客室以上の宿泊設備をもち,都道府県知事の許可を受けて営業する宿泊施設。日本の旅館は独特の歴史的発達と営業形態をもっているので,これを外国の宿泊施設と対比させることはむずかしい。たとえば現在の旅館は,「1泊2食」の料金制度が一般に行われ,これを宿泊室料,食事代,サービス料などに分離させることは困難である。食事代を含まないものは「素泊り」といわれる。旅館の種類は自称,他称の名目によって分けられるが,むしろ料金総額や立地面などから観光レジャー用,業務用と区別するほうが実際的である。 1960年代後半以降,日本の旅館業は減少傾向が続いており,特に業務向け立地の旅館はビジネスホテルに代替されてきている。 (→木賃宿〈きちんやど〉 , 旅籠〈はたご〉 )  

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デジタル大辞泉の解説

たび‐やかた【旅館】

旅人を泊める家。宿屋。りょかん。
「浮かれ女の浮かれてやどる―すみつきがたき恋もするかな」〈六百番歌合・恋下〉

りょ‐かん〔‐クワン〕【旅館】

人を宿泊させることを業とする家。やどや。ふつう、ホテルなどに対して和風の宿をいい、また、民宿などに対して専業的に経営されているものをいう。

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百科事典マイペディアの解説

旅館【りょかん】

宿泊料を受けて旅客を宿泊させる施設。宿屋ともいい,普通は洋式ホテルに対して和式を意味する。開業,営業等については旅館業法で規定。古代末期に京都や奈良,各地の港,街道の主要集落に宿(しゅく)が営まれ,社寺門前には参拝客相手の宿屋が並び,問丸(といまる)は商人の宿泊所を兼ねた。

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世界大百科事典 第2版の解説

りょかん【旅館】

旅館とは旅行者のための宿泊施設であるが,この語をホテルと対比させて用いる場合は,ホテルが洋式であるのに対して,旅館は和式を意味する。日本では宿泊業を営む場合,〈旅館業法〉(1948制定)によってあらかじめ都道府県知事より営業許可を受けなければならない。その場合,営業の種類は,ホテル営業,旅館営業,簡易宿所営業,下宿営業の4種とされている。ホテル営業と旅館営業の区別は,施設の構造および設備が洋式であるか和式であるかによる。

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大辞林 第三版の解説

りょかん【旅館】

料金を得て旅客を宿泊させる和風施設。やどや。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

旅館
りょかん

旅行者が、料金を払って食事・宿泊する施設。原則として、客室の構造および設備が和式のものを旅館、洋式のものをホテルとする。[小川正光]

種類

立地によって、市街地旅館と観光地旅館に大別され、利用目的によってさらに、市街地旅館は普通旅館と割烹(かっぽう)旅館に、観光地旅館は温泉旅館と観光旅館に区別される。普通旅館は、おもに商用や業務で宿泊する客を対象とし、食事サービスを受けず客室利用だけの客も多い。共用スペースは少なく、客室はコンパクトで、プライバシーについて留意した計画をし、利便性を図っている。割烹旅館は、市街地もしくはその近郊に立地し、宿泊客と同時に会食・小宴会の客を対象とする。客室の規模は大小さまざまで普通旅館より大きく設けられ、各室の意匠にも変化・くふうを凝らしている。調度、庭園なども、客の嗜好(しこう)性をひく演出がなされている。温泉旅館は、著名な温泉地に立地し、大浴場をもち、来訪客に温泉気分を満喫させることを目的とする。娯楽室を設けたり、団体客が大宴会もできる大広間も備えている。温泉治療や保養の客を主とする静かな客室を提供するものは、少数になってきている。観光旅館は、風光明媚(めいび)な名所旧跡の所在地に立地し、遊覧客を宿泊させる。娯楽室、大広間のほか、修学旅行の生徒・学生のための客室を有していることが多い。[小川正光]

基準

旅館の基準は、旅館業法と国際観光ホテル整備法によって定められている。旅館業法によると、旅館は和式の構造および設備を主とする施設を設け、宿泊料を受けて、人を宿泊させる営業で、簡易宿泊営業および下宿営業以外のものをさしている。営業許可は、都道府県知事が与える。許可基準には、旅館の設置場所、構造、設備などの諸点が規定されているが、地方による差異がある。旅館業法施行令による旅館の基本的な構造設備基準では、客室の数は5室以上であり、和式の構造設備による客室の面積は7平方メートル以上となっている。また、洋式の客室を全体の3割までもつこともできるが、この場合、洋式の客室の面積は9平方メートル以上の規模がなければならない。設備として、原則的に洗面所、便所、浴室、防火、換気、採光、照明、防湿、排水などが整備される必要があるが、近接して公衆浴場がある場合には、入浴設備はなくてもよい。国際観光ホテル整備法による旅館とは、外国客の宿泊に適するようにつくられた施設であり、ホテル以外のものをさし、いっそう高度な規定をしている。旅館の施設はこのほかに、建築基準法、消防法、労働基準法、食品衛生法、公衆浴場法などの法規、ならびに各都道府県の定める規定の制約を受ける。火災に対する消防設備基準の厳守はとくに重要である。また、国立公園、国定公園などの自然公園内に建設するときは、景観維持のために自然公園法の規定を守らなければならない。
 日本観光旅館連盟、国際観光旅館連盟などの団体の基準は、以上の旅館業法、国際観光ホテル整備法のいずれかに基づいて定められている。[小川正光]

経営

旅館の経営は、家族を中心とする段階にとどまるものが多く、業務組織は単純である。経営者のもとに、帳場、板前、女中の3部門による構成が基本的である。帳場は、元来は経営の立場にあって、客室の斡旋(あっせん)、宣伝、企画および板前・女中の指揮、その他の庶務的事項、会計、用度に至るまでの権限をもっていたが、業務の統制や能率の向上を図るため、専門的に分化した。さらに経営規模が増すと、客室の割当て、案内、玄関における下足の処理、客室との応対などの接客業務を分担する表帳場と、庶務、会計、購買、用度、営繕などの管理業務を分担する裏帳場とに区分されていく。板前は調理部門であり、料理長は、献立表の作成、賄い材料の選定、味つけ、食器類の指定などを行う。客室づきの女中は、旅館の特質である家族的ルームサービスの直接担当者である。来訪客の送り迎え、室内での客の食事から起居に至るまで細かなサービスを担当し、旅館の良否・風格を左右する重要な業務である。[小川正光]

施設の構成

施設全体の構成は、客の宿泊に利用するブロック、宴会場やホールなど共用スペースのブロック、管理や調理に関係するブロックの三つに区分される。客室と共用スペースは、周囲の地形を考えて眺望のよい位置に配置する必要がある。また、宿泊室には静かな環境を保つ必要があり、宴会場とは音響的に隔離する。客室と共同の浴場とは共用スペースを通らず、直接廊下、階段で連絡できる構成が望まれ、厨房(ちゅうぼう)と客室あるいは厨房と宴会場などを結ぶサービスの経路は、客の主要な動きと玄関、広間などで交差することは避けるべきである。
 建築施設、設備、庭園、調度などの視覚的サービス、板前の腕による味覚的サービス、管理や客室づきの女中による家族的・精神的なサービスの三つがそろって、旅館の真価が発揮される。[小川正光]

歴史


日本
旅館設備の起源は、大化改新で確立した駅制により設置された各駅の駅舎、厩舎(きゅうしゃ)に始まるが、これは公用の官吏のための宿泊、給食施設であり、私用の旅行では庶民と同様、草行露宿のありさまであった。奈良時代、僧行基(ぎょうき)は慈善事業として交通路の要所に布施(ふせ)屋を設置し下層旅行者の無料休泊施設とした。平安時代には、旅中の病人、餓死者のために悲田処(ひでんしょ)、続命院(しょくめいいん)、救急院なども置かれたが数が少なく、草枕(くさまくら)の文字どおり苦しい旅であったことが『更級(さらしな)日記』『信貴山(しぎさん)縁起』などからうかがえる。院政時代には熊野参詣(さんけい)が盛行し、旅宿が発達した。鎌倉時代には熊野詣(もう)で、伊勢(いせ)詣ではさらに盛んになり、庶民のために宿坊・宿院などの休泊所が現れ、当主の御師(おし)は休泊、祈祷(きとう)にあたった。駅制は、荘園(しょうえん)や海運の発達により衰退していたが、源頼朝(よりとも)が宿駅の制を施し再度発達した。駅には館(やかた)が設置され、また商業の発達に伴い庶民の宿(しゅく)も営業された。これは木銭(きせん)を支払い携行食糧の炊事を自ら行うもので、江戸・明治に至っても木賃宿(きちんやど)として存続した。室町および戦国時代、軍事上の必要から駅制は発達し、商業の著しい発達や社寺参詣の流行により庶民の行旅も増え、宿はしだいに街村をなし旅籠(はたご)が発生した。
 江戸時代、太平の世になり宿駅制が全国統一されると、交通の往来が盛んになり宿駅は繁栄し、本陣、旅籠などの宿場町が形成された。本陣は、特権者や外国人用の宿泊所で、室町時代に足利義詮(あしかがよしあきら)が上洛(じょうらく)の際「本陣」と宿札を掲げたことから始まるが、機能を発揮したのは参勤交代制度以後である。門、玄関、上段の間を備え、経営者には苗字(みょうじ)帯刀が与えられた。そのほか脇(わき)本陣、御小休本陣などもあり、目的により使い分けられた。しかし幕末に諸侯の財政破綻(はたん)、参勤交代制の緩めから衰微し、1870年(明治3)本陣廃止令により廃止された。
 一方、庶民の宿舎として発達した旅籠は、「馬糧入れの籠(かご)」を意味したものが転じて旅館に用いられ、宿料は湯を沸かす木銭が基準となっていた。17世紀には、旅人が米を携帯する労苦を省き、木銭、米代、宿泊を宿料とするようになった。江戸文化が高度に発展した文化・文政(ぶんかぶんせい)時代(1804~30)には旅籠も急速に発達し、宿泊と食事を提供するようになり、飯盛(めしもり)(宿場女郎)を置くところも多かった。しかし明治以後、鉄道交通の発達により駅に繁華街が集中すると宿場町はしだいにさびれ、旅籠は旅館やホテルに変わっていった。[佐々木日嘉里]
西洋
古代エジプト、バビロニア時代には相当範囲の交易が行われており、バグダードとバビロンをつなぐ隊商路には早くから宿泊所が発達していた。ギリシア時代には、集会や宿泊のための公共施設レスケがあり、のちには外国人の宿泊所パンドケイオンも発生した。ローマ時代になると、アウグストゥスにより広範囲な領土統制のための道路網が建設され、駅逓制に従い道路沿いには宿駅が置かれた。これは官吏や軍人の宿泊、物資の輸送などにあてられたが、一般の旅行も頻繁になり民間営業の宿泊所も生じた。たとえば、厩(うまや)のついたスタブルム、内風呂(うちぶろ)をもつデウェルソリウム、下級階層者用のカウポナ、飲食店と酒場を兼ねたタベルナ、一品料理店を兼ねたポピナなどの宿屋がみられた。しかし中世に入ると、交通はほとんど途絶し、宿屋も衰退した。唯一、庶民の巡礼が旅行活動となり、僧院や修道院が無料宿泊所にあてられていた。十字軍遠征が始まると、大量の物資や行軍が往来し、営利的宿屋も発達し始めた。当時は、食物、燃料、寝床などは宿泊者自身が用意するのが一般的であったらしい。ルネサンス期に宿屋は興隆を迎え、インとよばれる酒場を兼ねたものが現れ現代のホテルの原型となった。17世紀なかばに駅馬車が現れると旅行者は増え、19世紀なかば、産業革命の結果、鉄道交通が発達すると新たな旅行動態が生まれ、これに伴い近代的施設をもつホテルが急速に発達し、現代の都市における大規模ホテルの起源となった。[佐々木日嘉里]
『大島延次郎著『日本交通史概論』(1946・吉川弘文館)』

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世界大百科事典内の旅館の言及

【もてなし】より

…〈どんな目的でやって来た者にでも〉家を開く能力が私人に失われるとともに,犯罪人や政治亡命者を含む緊急避難者を保護する機能も教会のものとなり,これには教会の世俗権力に対する独立性の主張が関連している(アジール)。都市では,金銭を受け取って食事と宿を提供する旅館料理業(宿屋)が発達するとともに,私人の寄付による病院も成立した。教会の,世俗の,また半世俗の各種団体が任意に組織され,行倒れの看護,死者の埋葬を無償で行った。…

【宿屋】より

…〈宿屋〉は単に宿泊所をさす場合もあったが,一般には旅人を宿泊させることを営業目的とする施設をいい,現在日本では旅館とほぼ同義語である。古代には駅伝制の施行で日本にも公用の宿泊施設として駅家(うまや)が設けられたが,これは営業を目的とするものではなかった。…

※「旅館」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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