東円堂村(読み)とうえんどうむら

日本歴史地名大系 「東円堂村」の解説

東円堂村
とうえんどうむら

[現在地名]愛知川町東円堂

愛知川村・豊満とよみつ村の南に位置する。中世には奈良興福寺内の東円堂領大国おおくに庄内で、村名もこれに由来すると推定される。観応三年(一三五二)一二月八日には「興福寺東円堂領近江国大国庄」が乱妨された(御挙状等執筆引付)。慶長五年(一六〇〇)彦根藩領となり、慶長高辻帳に村名がみえ高一千六九〇石余。文久二年(一八六二)上知。元禄八年大洞弁天寄進帳によれば、男四〇三・女四六五、寺社方男五・女六。慶安三年(一六五〇)大水で堤が切れたが、同年一〇月に村内荒川堤が完成した(「森野記録」森野文書)。嘉永六年(一八五三)四月下旬には大旱魃であったが、五月中旬の大雨田植がやっとできた(「徒々年代記」愛智郡志、「山田記録」山田文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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