東喜殿庄(読み)ひがしきどののしよう

日本歴史地名大系 「東喜殿庄」の解説

東喜殿庄
ひがしきどののしよう

大和守源頼親の寄進になる東大寺御油庄五ヵ所の一である(→高殿庄西喜殿庄面積は一〇町、その所在は大治三年(一一二八)の東喜殿庄坪付図、同庄近傍図(ともに東大寺文書)によると、当庄田畠等は高市郡東二六条二里七坪・一八坪・一九坪、二七条二里一〇―一六坪・二一―二四坪・二七坪・二八坪に分布している。川(タケチ河)の記載もあるが、これは飛鳥川である。この坪付等によると、東喜殿庄の所在は現上飛騨町となる。一部は飛鳥川左岸に及んでおり、この部分には「東喜殿庄、長講堂御談義領」(近傍図)と記されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む