飛村(読み)ひだむら

日本歴史地名大系 「飛村」の解説


ひだむら

[現在地名]橿原市上飛騨町

飛鳥川右岸、縄手なわて村東南に位置する。当村日高ひだか(飛騨ヶ山のことか)には藤原宮造営に用いた瓦窯跡があり、飛騨国工匠居住地と伝承する。ヒダの表記については「斐田の細江(万葉集)、「飛騨坂所」(天平勝宝八年六月「正倉院文書」内閣記録課蔵)、「飛田堰」(承保三年九月「大和国高市郡司刀禰等解案」東大寺文書)、「比太庄」(嘉応元年「飛騨庄内検帳」尊勝院文書)、「飛弾庄」(建仁三年一一月一六日「東大寺政所支配状」東大寺図書館蔵文書)、「飛駄庄」(建仁三年一一月二八日「東大寺政所支配状」同文書)、「飛太庄」(承久二年六月「東大寺出納文書目録」東大寺文書)、「日多」(「大和志料」所載本元禄郷帳)などがある。

飛村
とびむら

[現在地名]金浦町飛

北は黒川くろかわ村、南は金浦村に接する。

黒川村の一部であったが、慶長年間(一五九六―一六一五)に独立したと伝える(出羽国風土略記)

近世領主変遷は金浦村と同じ。元和九年(一六二三)の高は二〇五石七斗六升三合(「仁賀保総高改」渡辺文書)

宝永七年(一七一〇)の御巡見様御尋に付可申上覚(金浦年代記)に戸数二八軒とあり、明治初年には戸数三一軒、人口一七六人、馬二六匹(羽後国由利郡村記)


ひだむら

[現在地名]黒部市飛騨

黒部川左岸の河口近くにあり、南西吉田よしだ村、西は荒俣あらまた村。「越中志徴」の引く郷村名義抄によれば、元和二年(一六一六)に飛騨国より六人の浪人が来住して新開し、一村立てになったので村名を飛騨村と称したという。寛文一〇年(一六七〇)の村御印では草高五七七石、免四ツ、小物成は鱒役二匁・鮎川役一匁(三箇国高物成帳)。黒部川の川崩れにより、貞享三年(一六八六)二四一石、元禄元年(一六八八)一八〇石の引高があり、天保一一年(一八四〇)の草高一五六石、免四ツ(「高免帳」杉木家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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