日本歴史地名大系 「東宇土小路」の解説 東宇土小路ひがしうとこうじ 熊本県:熊本市熊本城下京町懸京町本丁東宇土小路名称の由来は慶長五年の関ヶ原の戦の時、宇土城城主小西氏が加藤氏に敗れ、その家臣が住居したことに始まると伝える。細川氏時代に小西氏の旧家臣が引続き居住したかどうかは不明。この小路も東西の中央通りで二つの区域に分けられ、その南側の東側に六屋敷が並ぶ。寛文頃にはすべて知行取屋敷で、二〇〇石前後の下級家臣の屋敷である。宝暦三年頃には京町本丁通に大屋敷が作られ、東宇土小路まで及んだため三屋敷に減少した。西側に武家屋敷六が並び、間口は一〇間が四屋敷、一五間余が二屋敷、奥入は平均二一間の小屋敷である。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by