東常顕(読み)とう つねあき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「東常顕」の解説

東常顕 とう-つねあき

?-1394 南北朝時代の武将
東氏村(うじむら)の子。美濃(みの)(岐阜県)郡上郡(ぐじょうぐん)篠脇(しのわき)城主建武(けんむ)3=延元元年(1336)足利直義(ただよし)の命をうけ,美濃守護土岐氏にしたがって武儀(むぎ)・加茂山県郡などで後醍醐(ごだいご)天皇方とたたかう。歌人でもあり,作品は「新千載和歌集」などにある。応永元年10月3日死去。一説に康応元=元中6年(1389)とも。法名は素英。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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