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東明慧日 とうみょう えにち

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

東明慧日 とうみょう-えにち

1272-1340 元(げん)(中国)の僧。
咸淳(かんじゅん)8年生まれ。曹洞宗(そうとうしゅう)宏智(わんし)派。延慶(えんきょう)2年北条貞時(さだとき)の招きで来日,鎌倉円覚寺の住持となる。円覚寺内に白雲庵をたて,いったんは隠退するが,幕府の要請で寿福寺,建長寺などの住持をつとめた。暦応(りゃくおう)3=興国元年10月4日死去。69歳。俗姓は沈。語録に「東明和尚語録」。

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(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

東明慧日

没年:暦応3/興国1.10.4(1340.10.25)
生年:咸淳8(1272)
鎌倉末期に来日した曹洞宗宏智派の禅僧。「とうみん」ともいう。日本禅宗東明派の祖。明州(浙江省)定海県の沈氏の出身。奉化県(浙江省)の大同寺に出家し,明州府城の天寧寺の直翁徳挙に参じて法を嗣ぐ。はじめ明堂の白雲山宝慶寺に出世開堂したが,延慶2(1309)年に北条貞時の招きに応じて来日した。鎌倉の禅興寺,円覚寺,万寿寺,寿福寺,東勝寺,建長寺などに住し,鎌倉禅林の隆盛に尽力し,臨済宗一色のなかにあって曹洞宗旨の普及に努めた。円覚寺内に白雲庵を構えたため,白雲門徒とも称せられた。『東明和尚語録』が存する。<参考文献>玉村竹二『五山禅僧伝記集成』『五山文学新集』別巻2

(佐藤秀孝)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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