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中巌円月 ちゅうがんえんげつ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

中巌円月
ちゅうがんえんげつ

[生]正安2(1300).相模
[没]文中4=応安8(1375).1.8. 京都
南北朝時代の臨済宗の僧。別に中正叟と称した。幼い頃から密教を学んだが,来朝僧の東明慧日 (とうめいえにち) から学んで曹洞宗に帰した。正中2 (1325) 年入元して古林清茂 (くりんせいむ) らに学び,臨済宗大慧 (だいえ) 派の東陽徳輝の法を継いで元弘2=正慶1 (32) 年帰国。万壽 (相模,豊後,京都) ,建仁,建長諸寺に歴住し,近江竜興寺を開き,建仁寺に退居した。五山学芸の第一人者として,のちの五山文学に大きな影響を与えた。仏種慧済禅師と諡され,語録のほかに詩文集『東海一おう集』がある。

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デジタル大辞泉の解説

ちゅうがん‐えんげつ〔‐ヱンゲツ〕【中巌円月】

[1300~1375]南北朝時代臨済宗の僧。相模の人。入元し、東陽徳輝の法を嗣(つ)いだ。帰朝後、建長寺建仁寺などに歴住。朱子学・詩文にすぐれ、五山文学の代表者の一人。著「語録」「東海一漚(いちおう)集」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中巌円月 ちゅうがん-えんげつ

1300-1375 鎌倉-南北朝時代の僧。
正安(しょうあん)2年1月6日生まれ。曹洞宗(そうとうしゅう)宏智(わんし)派の東明慧日(とうみょう-えにち)に師事。元(げん)(中国)でまなんだあと,上野(こうずけ)(群馬県)吉祥(きちじょう)寺の開山(かいさん)となり,臨済宗(りんざいしゅう)大慧派の東陽徳輝(てひ)の法をつぐ。のち京都万寿寺,鎌倉建長寺などの住持。五山文学を代表するひとり。応安8=文中4年1月8日死去。76歳。相模(さがみ)(神奈川県)出身。俗姓は土屋。諡号(しごう)は仏種慧済禅師。著作に「東海一漚集」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

ちゅうがんえんげつ【中巌円月】

1300‐75(正安2‐天授1∥永和1)
南北朝期の臨済宗の僧。相模(神奈川県)の生れ。中正子とも称し,俗姓は土屋氏。諡号(しごう)は仏種慧済禅師。はじめ密教を学び,ついで寿福寺の嶮崖(けんがい)巧安,円覚寺の来朝僧東明慧日に参じ,さらに来朝僧霊山(りんざん)道隠や虎関師錬に師事した。一方14歳ころから詩文を作り,また中国語の修得につとめた。1324年(正中1)入元し,古林清茂(くりんせいむ),東陽徳輝(とうようてひ)などに参じ,在元8年を経て32年(元弘2)帰国した。

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大辞林 第三版の解説

ちゅうがんえんげつ【中巌円月】

1300~1375) 鎌倉・南北朝時代の臨済宗の僧。中巌派の祖。相模の人。初め律を修したがのちに禅宗に移り、1324年元に渡って東陽徳輝の法を嗣いだ。帰国後、建仁寺・建長寺などに歴住。五山文学の代表者の一人で、朱子学の第一人者として知られた。著「東海一漚集」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

中巌円月
ちゅうがんえんげつ
(1300―1375)

南北朝時代から室町初期の臨済(りんざい)宗の僧。初名は至道。中正子、東海一(いちおうし)と別称した。鎌倉の人。寿福寺で出家し、円覚(えんがく)寺の東明慧日(とうみょうえにち)、永平寺の義雲(ぎうん)、南禅寺の虎関師錬(こかんしれん)らに歴参。1325年(正中2)入元、百丈山の東陽徳輝(とうようとっき)に師事し嗣法(しほう)した。32年(正慶1・元弘2)帰国、39年(暦応2・延元4)上野(こうずけ)に吉祥寺(きちじょうじ)を開創。万寿寺、建仁寺、等持寺、建長寺などに歴住し、1375年正月8日示寂。仏種慧済(ぶっしゅえさい)禅師と諡(おくりな)される。初期の代表的五山文学僧で、語録のほかに『東海一集』『中正子』『藤陰瑣細(とういんささい)集』『蒲室集註解(ぼしつしゅうちゅうかい)』などの詩文集、著述がある。[石川力山]

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世界大百科事典内の中巌円月の言及

【漢詩文】より

…【川口 久雄】
【中世】
 中世の漢文学の主流は,何といっても五山禅僧の作品である。鎌倉時代の作者には虎関師錬(こかんしれん),雪村友梅(せつそんゆうばい),中巌円月(ちゆうがんえんげつ)がある。虎関師錬は一山一寧(いつさんいちねい)より学んだので,やや古風な作風を有するが,雪村は在元22年の長きにわたり,中国人の文脈句法を体得した人であり,中巌円月は在元の期間は雪村友梅ほど長くないが,その文脈句法の体得は雪村以上で,とくに四六文の学習に力を注いだ人である。…

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