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寿福寺 ジュフクジ

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デジタル大辞泉の解説

じゅふく‐じ【寿福寺】

鎌倉市扇ヶ谷(おうぎがやつ)にある臨済宗建長寺派の寺。山号は亀谷山。開創は正治2年(1200)、開基は北条政子、開山は栄西鎌倉五山の第三位。寺宝に木造地蔵菩薩像・喫茶養生記がある。源実朝北条政子の墓と伝える五輪塔がある。

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百科事典マイペディアの解説

寿福寺【じゅふくじ】

鎌倉市にある臨済宗建長寺(けんちょうじ)派の寺。本尊釈迦如来鎌倉五山第3位。1200年北条政子(ほうじょうまさこ)が創建,開山栄西(えいさい)。木造地蔵菩薩立像・紙本墨書《喫茶養生記》は重要文化財

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デジタル大辞泉プラスの解説

寿福寺

神奈川県鎌倉市にある寺院。1200年創建。臨済宗建長寺派。本尊は釈迦牟尼仏

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世界大百科事典 第2版の解説

じゅふくじ【寿福寺】

神奈川県鎌倉市にある臨済宗建長寺派の寺。正式には亀谷山寿福金剛禅寺。鎌倉五山の第3位。開山は栄西,開基は北条政子で1200年(正治2)開創。本尊は釈迦如来。1633年(寛永10)《寿福寺本末幷御寄進領之事》によれば,寺領は5貫200文,塔頭(たつちゆう)が4庵,末寺12ヵ寺とみえている。江戸中期には,寺領8貫580文,塔頭18庵,末寺15ヵ寺とやや増加するが,現在塔頭はすべて廃絶している。寺宝のうち木造地蔵菩薩立像,紙本墨書《喫茶養生記》は重要文化財

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大辞林 第三版の解説

じゅふくじ【寿福寺】

鎌倉市扇ヶ谷にある臨済宗建長寺派の寺。鎌倉五山の一。山号亀谷山。1200年北条政子の発願で建立。開山は栄西。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

寿福寺
じゅふくじ

神奈川県鎌倉市扇ヶ谷(おうぎがやつ)にある臨済(りんざい)宗建長寺派の寺。詳しくは亀谷山(きこくさん)寿福金剛禅寺という。本尊は釈迦(しゃか)三尊。鎌倉五山の第三位。この寺はもと源義朝(よしとも)の邸宅であったが、その没後岡崎四郎義実(よしざね)がこの地に亀谷(かめがやつ)堂を建て、1200年(正治2)北条政子(まさこ)が栄西(えいさい)を開山として伽藍(がらん)を建立したのに始まる。1215年(建保3)栄西が没すると門弟退耕行勇(たいこうぎょうゆう)が住持し、この寺は日本の初期の禅宗史上で重要な地位を占めることになった。中世にはたびたび兵火にみまわれ、足利(あしかが)氏の衰退とともに荒廃が進んだ。かつては正隆庵(しょうりゅうあん)、悟本(ごほん)庵、松鵠(しょうこく)庵、桂光(けいこう)庵、大沢(だいたく)庵、定光(じょうこう)庵などや、乾徳寺(けんとくじ)などの塔頭(たっちゅう)があったが、いまは山門、中門、仏殿、客殿、庫裡(くり)を残すのみである。寺宝の木造地蔵菩薩(じぞうぼさつ)立像、紙本墨書『喫茶養生記(きっさようじょうき)』は国重要文化財。本尊の釈迦像(県文化財)は唐の陳和卿(ちんわけい)の作と伝えられ、籠(かご)で上を張ってあるところから籠釈迦(かごじゃか)という。境内は国史跡。なお、背後の山麓(さんろく)には源実朝(さねとも)、北条政子の墓と伝える五輪塔を納めたやぐらがある。[菅沼 晃]

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世界大百科事典内の寿福寺の言及

【栄西】より

…また諸職人や農民の苦しい家業とその歴史的進歩をたたえ,これに対比して出家の持戒を督励しているのが注目される。99年(正治1)鎌倉に下向,北条政子と2代将軍源頼家の帰依をうけ,翌年寿福寺に請ぜられて開山となった。《吾妻鏡》はもっぱら密教祈禱僧としての活動を記録しているが,1202年(建仁2)頼家の寺地施入により京都に建仁寺を開創,また頼家の申請で朝廷はここに真言・止観・禅の三宗を置く宣旨を下した。…

【鎌倉五山】より

…鎌倉にある臨済宗の五大禅刹,すなわち建長寺円覚寺,寿福寺,浄智寺,浄妙寺をいい,京都五山に対する。中国南宋代の五山官寺制度が,日本に移植されたのは鎌倉時代末期のことで,1299年(正安1)執権北条貞時が浄智寺を五山に列したのが史料上の初見である。…

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