東陵永璵(読み)とうりん えいよ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

東陵永璵 とうりん-えいよ

とうりょう-えいよ

東陵永璵 とうりょう-えいよ

1285-1365 元(げん)(中国)の僧。
至元22年生まれ。無学祖元の(おい)の子。曹洞宗(そうとうしゅう)宏智(わんし)派の雲外雲岫(うんがい-うんしゅう)の法をつぐ。足利直義(ただよし)の招きで観応(かんのう)2=正平(しょうへい)6年に来日。曹洞宗であったが,京都の天竜寺・南禅寺,鎌倉の建長寺・円覚(えんがく)寺などの住持をつとめた。貞治(じょうじ)4=正平20年5月6日死去。81歳。諡号(しごう)は妙応光国慧海慈済禅師。号は「とうりん」ともよむ。語録に「東陵永璵禅師語録」。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

東陵永
とうりょうえいよ
(?―1365)

南北朝時代の曹洞(そうとう)宗宏智(わんし)派の渡来僧。中国四明(しめい)(浙江(せっこう)省)の人。無学祖元(むがくそげん)の俗姪(ぞくてつ)の子で、初め金陵保寧寺の古林清茂(くりんせいむ)(1262―1329)に参じ、のち、天童山の雲外雲岫(うんがいうんしゅう)(1242―1324)に参じて嗣法(しほう)し、四明天寧寺に住した。足利直義(あしかがただよし)の招聘(しょうへい)により1351年(正平6・観応2)来朝し、西芳(さいほう)寺、天竜寺、南禅寺、建長寺、円覚(えんがく)寺などに歴住し、1365年5月6日示寂。元(げん)国皇帝より妙応光国慧海慈済(えかいじさい)禅師の諡号(しごう)を賜っていた。法嗣(はっし)に中叟善庸(ちゅうそうぜんよう)などがいる。東明慧日(とうみょうえにち)(1272―1340)とともに曹洞宗で五山派に進出した珍しい人物。語録『東陵日本録(よとうりょうにほんろく)』1巻がある。[石川力山]

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