東浅井村(読み)ひがしあさいむら

日本歴史地名大系 「東浅井村」の解説

東浅井村
ひがしあさいむら

[現在地名]西尾市東浅井町

市の北東に位置し、矢作川東岸の沖積地に堤防沿いに断続する丘陵、通称浅井山の東麓に開けた村。西浅井村に隣する。集落南部の五砂ごさご山の麓の斜面に縄文晩期の五砂山遺跡があり、集落中央の湿田をめぐる丘陵斜面に弥生中期・後期の不毛ふもう第一から第五遺跡、西山にしやま第一・第二遺跡があり、五砂山頂上に五砂山古墳、集落西方の丘陵上に西山古墳がある。縄文時代以後引続いて営まれた古い集落である。

古代「和名抄」に記す碧海あおみ郡一五郷のうち呰見あざみ郷はこの地に比定される。正光しようこう寺は、浅井了順が文明一一年(一四七九)九月に創建した寺という。「御自画ノ御真影」と題した寺伝があり、蓮如布教によって、村の有力者がどのように門徒に加わっていくかを物語る。

東浅井村
ひがしあざいむら

[現在地名]一宮市浅井あざい東浅井ひがしあざい

北は西海戸にしがいと村、西は西浅井にしあざい村に接する。明応五年(一四九六)の阿弥陀如来絵像裏書(長誓寺蔵)に「尾州中嶋郡一宮郷東(浅)井」とあり、文亀五年(一五〇五)の同裏書、天文四年(一五三五)の同裏書、天正九年(一五八一)の証如絵像裏書(同寺蔵)など、いずれも一宮郷東浅井村とある。「尾張志」はもとは西浅井村と一村であったが、慶長の備前検地後に分村したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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