デジタル大辞泉
「信心」の意味・読み・例文・類語
出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
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しん‐じん【信心】
- 〘 名詞 〙
- ① 仏語。一般に三宝や因果の理法を信ずる心。これを仏道にはいる第一歩とし、初門という。また浄土教では阿彌陀仏の本願を信ずることをいう。
- [初出の実例]「然して後に、乃(すなは)ち信心を発(おこ)し、邪を廻(めぐ)らして正に入れり」(出典:日本霊異記(810‐824)上)
- ② ( ━する ) 神や仏の力を信じて、その加護を願って祈ること。また、その心。
- [初出の実例]「Xinjin(シンジン)〈訳〉信じ敬うこと。xinjinuo(シンジンヲ) モヨヲス」(出典:日葡辞書(1603‐04))
- 「慈覚大師の作の一寸八分の十一面、守本尊を送りけるが、身をはなさず信心(シンジン)したまふこそうれし」(出典:浮世草子・好色一代男(1682)四)
- ③ ( ━する ) ある人間を心から慕いあこがれること。
- [初出の実例]「おめへなんぞも容貌はよし、気めへといひ、しん心する男が多からう」(出典:人情本・仮名文章娘節用(1831‐34)前)
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
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信心 (しんじん)
神や仏の力を信じ,これに帰依し,もろもろの願をかける心。したがって宗教に入る第一歩が信心である。仏教では発菩提心(ほつぼだいしん)とも信心ともいう。信仰というのもおなじであるが,信心はひろく通俗性をもっている。しかし仏教で〈信〉とか〈信楽(しんぎよう)〉といえば,絶対的帰依の哲学的意味をもたせる。したがって〈浄土を信楽する〉〈本願を信ずる〉とはいっても,浄土・本願を信心するといわない。よく〈鰯の頭も信心から〉などといわれ,庶民信仰としてあつかわれる。しかし庶民の信心にはかならず実践的表現がともなうもので,神仏への日参や千度詣,お百度踏みをしたり,塩断ち,火物断ちをしたりする。あるいは鳥居や狐の焼物や旗,散米,賽銭などの奉賽物をあげる。信心は実利的・合理主義的な人々からは笑いものにされることがあるが,一方〈あの人は信心深い〉といえば,頼もしがられる。慈悲や敬虔,勤勉などの美徳がともなうからである。
執筆者:五来 重
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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信心
しんじん
仏教では、信とは心を清浄にする精神の作用をいう。仏道を修める第一歩にこの信を置き、心を清浄にして教えを疑わず、その教えに向かうことである。一般に信というと、なにかある対象を信ずることと理解されるが、仏教では信は究極の真理である法そのものが自己のうえに現れ出たものであって、これが信心の本質である。浄土教ではとくに信心が強調され、ひたすら阿弥陀仏(あみだぶつ)の救済を信ずる心がたいせつであると説く。親鸞(しんらん)はこれを他力の信心といい、如来(にょらい)(阿弥陀仏)から私たち凡夫(ぼんぶ)に与えられた真実心にほかならないことを説き明かした。
[瓜生津隆真]
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普及版 字通
「信心」の読み・字形・画数・意味
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
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出典 小学館デジタル大辞泉プラスについて 情報
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世界大百科事典(旧版)内の信心の言及
【信仰】より
…この場合,信仰は人格的対象をもち,かつ現実の生の困難にたえて神への要請にこたえる行為とされるのであるが,信仰があまりにも一点に集中しているため,〈信仰の自由〉や〈信仰と文化〉の問題が起こることはほとんどないのである。仏教では〈[信心]〉が出発点で,それが仏法の知恵と悟りにまで高められることを目的として進み,その過程で世界と人間の罪業の深きを知り,因縁の深さに打たれると説かれる。信心の究極は仏となることにあり,この本願に導かれることが信仰であるといえる。…
※「信心」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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