東田代村(読み)ひがしたしろむら

日本歴史地名大系 「東田代村」の解説

東田代村
ひがしたしろむら

菅沼(すがぬま)村の東方、三(みつ)ヶ峰(二〇三二メートル)から発する小立(こたつ)沢の上流に位置。宝永七年(一七一〇)菅沼村が幕府代官所に提出した届(「片品村史」所収)に「慶長十三年より、田代新田相始め申候処、去る申酉両年飢饉のため荒廃致し、家数も少く相成候故、菅沼村名主支配より東小川村名主支配と致したく御届書差上げ申候」とあり、一七世紀初めに開かれた新田であることがわかる。天和元年(一六八一)の郷村品々記録(小林文書)に村名がみえ、高一九〇石余。貞享二年(一六八五)の旧真田領村高書上控では高九石余。享保一二年(一七二七)の年貢割付状(「片品村史」所収)でも同高、反別四町四反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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