東神代村(読み)ひがしこうじろむら

日本歴史地名大系 「東神代村」の解説

東神代村
ひがしこうじろむら

[現在地名]国見町神代 東里(ひがしさと)・楠高(くすだか)・山(やま)ノ上(うえ)など

神代郷の東部に位置し、北部は海に臨み、神代川・倉地(くらち)川などが流れる。古代の条里遺構が近年までみられ、中坪(なかんつぼ)・鴈(がん)ノ坪(つぼ)などの数詞坪地名がある。土黒(ひじくろ)村境の倉地川流域にみられる古代条里遺構は神代条里とよばれ、正南北の方位で、東西に四坪ほど、南北に六坪ほどが確認され、数詞坪地名として六ノ坪が残っていることから六ノ坪条里ともよばれる。上野(うえの)山の天満神社は延元年間(一三三六―四〇)神代氏により創建されたと伝える。神代貴茂の居城神代城(鶴亀城)の跡があり、その山手を守る城として浅井(あさい)城が築かれたが、天正一二年(一五八四)に龍造寺隆信の軍勢と有馬・島津連合軍との合戦で落城。ほかに大坪(おおつぼ)城跡がある。天文三年(一五三四)創祀という温泉(おんせん)神社(四面宮)がある。

西神代村とともに神代郷に属し、肥前佐賀藩神代鍋島領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む