東茅部村(読み)ひがしかやべむら

日本歴史地名大系 「東茅部村」の解説

東茅部村
ひがしかやべむら

[現在地名]川上村東茅部

東流する旭川の右岸にあり、現川上村域の東端にあたる。三段からなる広大で平坦な河岸段丘、茅部野の東半部を占め、対岸は下福田(しもふくだ)村(現八束村)、南は村境にそびえる天狗(てんぐ)山(六八九・五メートル)を隔て黒杭(くろくい)村・粟谷(あわだに)村(現湯原町)などと接する。茅部野の東端を粟住(あわずみ)川が北流し、旭川に合流する。耕地と集落は茅部野周辺の山麓部に立地し、大森(おおもり)(下位段丘東部)、間谷(まや)・黒岩(くろいわ)(上位段丘南部)、粟住川上流、城(しろ)山(六〇五メートル)山麓の粟住、天狗山山麓の谷間に位置する祝詞(のつと)の各集落がある。

正保郷帳によれば田高三三九石余・畑高一二四石余。元禄一〇年(一六九七)の美作国郡村高辻帳によれば改出高四〇九石余・開高五九石余。元禄初頭の家数六七・人数二九七(作陽誌)。宝暦一〇年(一七六〇)の村明細帳(蔵富文書)によると田方四九町一反余・畑方三四町九反余、毛付高五四二石余、家数八七(本百姓八一・水呑五・社人一)・人数三三一、牛三六。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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