東薦野村(読み)ひがしこものむら

日本歴史地名大系 「東薦野村」の解説

東薦野村
ひがしこものむら

[現在地名]菰野町菰野

ふく村の西にあり、村の西半分は陣屋を中心とする陣屋町を形造る。西方中薦野村西薦野村とともに薦野三郷を形成し、その中心的な位置にあった。天保一五年(一八四四)家中を除く戸数は一二五、人数七五三(男三七五・女三七八)。このうち僧侶一二、領主召抱者一五、職人三七、商人八、他二九。村高のうち八九石余は領主屋敷・家中屋敷として高引となっている(「江州石原宿より助郷差村ニ付諸事記」菰野財産区区有文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む